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東京地方裁判所 昭和61年(モ)6070号 判決

一 申請の理由1及び3の第一文記載の事実は、本件除草剤の化学式の表記法の点を除き、当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない疎甲第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし六、第九ないし第一三号証、第一六号証の一ないし九、第二二、第二三号証によれば、債務者ストウフアー・ケミカル・カンパニーは英国において既に本件除草剤の製造、販売を開始し、また西独、ニユージーランド、アメリカ合衆国においても本件除草剤の製造、販売を目的とした適性試験を行なつており、いずれも各国の裁判所で債権者と特許権侵害の有無を争つていること、及び債務者らは、日本においても、昭和六一年八月には本件除草剤について非農耕地の分野で委託試験結果として「実用性あり」との判定を申請外協会から得ており、いつでも農薬登録申請ができる状態にあり、右申請がなされれば、短期間のうちに本件除草剤が登録され、債務者らが本件除草剤の製造、輸入、使用、譲渡を開始する蓋然性が極めて高度であること(輸入については債務者ストウフアー・ケミカル・カンパニーを除く。)が一応認められる。

ところで、本件除草剤の特定については、別紙目録(一)又は(二)記載のとおり、グリホサートのトリメチルスルホニウム塩の化学式をイオン形で表記するか否かの点でのみ差異があるが、いずれも成立に争いのない疎甲第一五号証の一ないし一六によれば、本件除草剤中の右化合物は水溶液中においてグリホサートイオンとトリメチルスルホニウムイオンとに解離することが一応認められるから、同化合物を別紙目録(一)又は(二)記載のいずれの化学式で表記しても差支えないというべく、右目録(一)と(二)記載の物は、化学式の表記の仕方に差異があるだけで全く同一の物と一応認められる。

二 当事者間に争いがない本件明細書の本件特許請求の範囲の記載と成立に争いのない疎甲第二号証によれば、本件発明の構成要件は、「一般式

<省略>

(式中、R、R1、R2は本件特許請求の範囲の記載と同一である。)の化合物ないしグリホサートの強酸塩(この強酸は、2.5あるいはそれ以下のPkを有する。)を有効成分としてなることを特徴とする除草剤」であることが一応認められる。したがつて、右の化合物として一般式のR、R1、R2にすべて本件特許請求の範囲記載の―OHを選択して得られる化合物すなわちグリホサートを選んだ場合の本件発明の要件は、「グリホサートを有効成分としてなることを特徴とする除草剤」となる。

三 前掲疎甲第二号証によれば、本件発明は、既知の物質であるグリホサートと、新規物質であるグリホサートの誘導体(本件特許請求の範囲記載の物)に優れた除草効果があるとの知見に基づき、グリホサートないしはその誘導体を有効成分とする有用な除草剤を提供したものであることが一応認められる。

ところで、本件除草剤が水溶液状の除草剤であり、水溶液中において、グリホサートイオンとトリメチルスルホニウムイオンとに解離することは、前記のとおりである。

前掲疎甲第二号証、第一五号証の一ないし一六によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の実施例1として、グリホサートの水溶液を除草剤として用いることが記載されており(本件公報六頁一二欄三一行以下参照)、本件発明の右除草剤が水溶液の形態をとつた場合には、グリホサートが水溶液中においてグリホサートイオンと水素イオンに解離し、グリホサートイオンが除草剤の有効成分として機能することが一応認められるが、本件除草剤の水溶液中にも右のグリホサートイオンが存在していることは前記のとおりである(なお、水溶液であるから、本件除草剤中には水素イオンも存在していることは自明である。)。

次に、本件除草剤には前記のとおりトリメチルスルホニウムイオンも含まれているのであるが、前掲疎甲第二号証によれば、本件発明はその有効成分たる化合物のほかに佐薬として他の除草剤をも含みうることが一応認められ(本件公報一七頁三三欄四四行ないし三四欄三行)、そして成立に争いのない疎甲第一四号証によれば、本件除草剤中のトリメチルスルホニウムイオンは、本件発明の最先の優先権主張日において他の除草剤と併用しうる除草剤として公知であつたことが一応認められるのである。すなわち、前掲疎甲第二号証によれば、本件発明の除草剤の有効成分に当たるグリホサートと、佐薬の除草剤として、本件発明の最先の優先権主張日に公知の除草剤であつたトリメチルスルホニウムイオンを生ぜしめる水酸化トリメチルスルホニウム(この点は前掲疎甲第一五号証の一ないし一六により一応認められる。)を水に加えてできる水溶液は、「グリホサートを有効成分としてなることを特徴とする除草剤」との要件を充足するものであつて、本件発明の一つの実施態様であることが明らかであるが、右の水溶液は、前掲疎甲第一五号証の一ないし一六によれば、グリホサートイオンとトリメチルスルホニウムイオンとにより構成されており、本件除草剤はこの水溶液とその構成において同一であること、しかも本件除草剤のグリホサートイオンとトリメチルスルホニウムイオンとのモル比は約一対一・一三であるが、本件発明の実施態様たる右水溶液もグリホサートに加える水酸化トリメチルスルホニウムの量を調節することによつてグリホサートイオンとトリメチルスルホニウムイオンとのモル比を本件除草剤のそれとほぼ同一にしうることが一応認められる。

以上によれば、本件除草剤は、除草剤の有効成分としてグリホサートを、佐薬たる除草剤として水酸化トリメチルスルホニウムを含有する本件発明の一つの実施態様である前記水溶液と同一の構成であり、「グリホサートを有効成分としてなることを特徴とする除草剤」との本件発明の要件を充足するから本件発明の技術的範囲に属する。

もつとも、成立に争いのない疎甲第五号証によれば、本件除草剤は、グリホサートと水酸化トリメチルスルホニウムとを一定の条件下で反応させて、グリホサートのトリメチルスルホニウム塩としたものであり、本件発明の前記実施態様のように単にグリホサートに水酸化トリメチルスルホニウムを混合したものではないことが一応認められる。しかし、本件発明は製法の発明ではなく、物の発明であるから、本件除草剤が本件発明の前記実施態様と異なる製法によつて製造されるとしても、本件除草剤が本件発明の前記実施態様の除草剤と同一の構成の水溶液である以上、製法の差異は前記結論を左右すべきものではない。

債務者らは、本件除草剤が本件発明の技術的範囲に属しないことの理由として、本件除草剤が本件発明の構成要件を文言どおりには充足しないこと及びグリホサートのスルホニウム塩については本件明細書において具体的な開示がないこと等を主張するが、本件除草剤が本件発明の除草剤の有効成分としてグリホサートを選択した場合の要件を文言どおり充足することは、右にみたとおりであり、また、本件除草剤が本件明細書に具体的に開示されていないとしても、グリホサートを有効成分としうること及び佐薬として他の除草剤を加えうることが本件明細書に開示されていること、並びにトリメチルスルホニウムイオンが本件発明の最先の優先権主張日に公知の除草剤であることは前記のとおりである以上、債務者らの主張はいずれも前記認定を覆すべきものではない。

四 以上の事実によれば、債権者は、債務者らに対し、本件除草剤の製造、輸入(輸入については債務者ストウフアー・ケミカル・カンパニーを除く。)、使用、譲渡の差止め並びにその他の侵害の予防に必要な行為を求める権利を有するものと一応認められる。したがつて、債権者は、本件仮処分決定の主文第一、第二項記載の裁判を求めるための被保全権利を有する。

五 成立に争いのない疎甲第一七号証の一ないし五及び弁論の全趣旨によれば、債権者及びその子会社である日本モンサント株式会社は、日本国内において昭和五六年ころから本件発明の実施品たるグリホサート系除草剤「ラウンドアツプ」の製造、販売を開始し、昭和五九年度においては、その生産高は六四億五六〇一万六〇〇〇円、その売上高は六三億三〇四六万四〇〇〇円に達しており、右「ラウンドアツプ」は日本国内の需要者間において広く利用されている除草剤であること及び債権者が本件特許権を有しているため、現在までのところ他の業者はグリホサート系除草剤を販売することができず、債権者がグリホサート系除草剤の販売を独占していることが一応認められる。そして、債務者らが本件除草剤について農薬登録を取得し、本件除草剤の製造、輸入、使用、譲渡を開始する蓋然性が極めて高度であることは前記のとおりであり、本件除草剤が右「ラウンドアツプ」の競合品に当たることはこれまでに述べてきたところから明らかである。したがつて、債務者らが本件除草剤の製造、輸入、使用、譲渡を開始すれば、債権者がその市場、販路を債務者らにより侵食されるおそれは極めて強く、また、後発の競合品を新たに市場に販売しようとする場合、低廉な価格で顧客を誘引し、既存の商品の価格体系を乱す事態が生じる可能性が強いことが経験則上明らかであるから、債権者においても価格体系を乱され、これにより回復不能の損害を被るおそれが強いことが一応認められる。これに対し、債務者らが現在のところ本件除草剤の製造、輸入、譲渡の準備段階にあることは当事者間に争いがなく、したがつて本件除草剤の製造、輸入、使用、譲渡等を差止められることにより債務者らが被る損害は現段階においてはそれ程大きなものではないということができる。

以上によれば本件仮処分の必要性が一応認められる。

六 よつて、本件仮処分決定は正当であるから、これを認可することとする。

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